第150回 : 「相殺」(3月27日付掲載)
 言葉自体は日常社会でも普段使用されていると思います。相殺は,自分が相手方に有する債権(通常は金銭債権です。)と,相手方が自分に対して有する債権を,同じ金額(対当額)の範囲で互いに消滅させる法律行為を言います(なお,対「当」額と書きます。)。この相殺は,実質的には,債権担保としての機能も持ち合わせています。なぜならば,例えば,甲が乙に対して100万円の金銭債権を有し,一方,乙が甲に対して70万円の金銭債権を有している場合で,その後,乙が無一文になっても,甲は,相殺により,実質的には,自己の債権のうち70万円を回収できるからです。
 相殺には,法律上,幾つかの条件がありますが,その条件を満たす限り,相手方の意思如何にかかわらず,一方的にすることができます。もっとも,このような条件を満たさずとも,当事者間で相殺に相当する合意をすることは可能です。これを相殺契約などと言います。


第149回 : 「債務不履行(7)−金銭債務の特則」(3月24日付掲載)
 前回までの説明のとおり,債権者が債務不履行を理由に債務者に対して損害の賠償を求めるためには,債務者に帰責事由のあることが要件です(ただし,債務者の方で,自己に帰責事由のないことを証明する必要があります。)。また,裁判となれば,債権者は,自己に損害の発生したことを証明しなければなりません。これが債務不履行の一般原則です。
 これに対し,貸金の返還債務や売買代金の支払債務などの金銭債務については,民法により,大きな例外が定められています。すなわち,第1に,債務者は,不可抗力であることを理由に帰責事由がないと主張することができません。したがって,たとえ天変地異によって金銭債務の弁済が遅れたとしても,損害賠償の責任を免れません。第2に,法律上当然に損害が発生するとみなされるため,債権者は,自己に損害の発生したことを証明する必要はなく,原則として,年5分または6分の割合による利息の賠償を求めることができます(なお,賠償額については,債権者及び債務者間に別の約束があれば,原則として,その約束が優先します。)。


第148回 : 「債務不履行(6)−不完全履行」(3月22日付掲載)
 債務者により一応債務の弁済がなされたものの,債務の本旨に従っていない部分がある場合,債権者は,債務者に対し,速やかに債務の本旨に従って弁済するよう(換言すれば,弁済をやり直すよう)求めることができることは当然で,それでもなお債務の本旨に従った弁済がなされないときは,契約を解除することができます。また,債権者は,契約を解除すると否とにかかわらず,債務の本旨に従った弁済がなされないことにより損害を被っていれば,債務者に対し,その損害の賠償を求めることもできます。
 不完全履行は,完全な履行が遅れているという点では,履行遅滞と同様ですので,その法的効果も,履行遅滞に準じて考えられます。解除や損害賠償請求をするためには,債務者に帰責事由のあることが必要なことも,履行遅滞の場合と同様です。


第147回 : 「債務不履行(5)−危険負担」(3月20日付掲載)
 予めお断りですが,今回取り上げる危険負担は,難しい問題を抱えていますので,深く言及はしません。
 危険負担は,講学上,対価的関係に立つ双務契約の一方当事者の債務がその責めに帰すべからざる事由により履行不能になった場合に,他方当事者の債務の帰趨如何という問題です。「双務契約」という聞き慣れない言葉が出てくると思いますが,ここでは,その典型例として,売買契約を想定します。前回の最後にも説明しましたが,例えば,建物の売買契約の締結後,その引渡及び代金決済の前に,建物が未曾有の天災により倒壊した場合,売主の建物引渡債務は,履行不能となり,かつ,売主に帰責事由があるとは言えませんので,買主は,売買契約の解除も損害の賠償請求もできません。したがって,売主の建物引渡債務は,法律上,消滅します。このとき,買主の代金支払債務はどうなるかという問題が,危険負担の問題です。未曾有の天災など誰をも責められない事情によるリスクを契約当事者のどちらが負担するか,という観点から危険負担と呼ばれています。
 考え方としては,2つあります。すなわち,1つは,売主が危険を負担するという立場で,これによれば,買主は代金支払債務を免れます。これに対し,もう1つは,買主が危険を負担するという立場で,これによれば,買主は代金支払債務を免れません。
 結論として,民法は,建前上,買主が危険を負担するという立場をとっていますので(ただし,これは,売買契約など,一部の双務契約に限られます。),これを杓子定規に当てはめれば,上記の例で,買主は,依然として代金を支払う必要があります。ただし,この民法の立場には,学説上,批判が強く,様々な理由付けで,民法の建前を一定限度で排除しようとする試みがなされています。


第146回 : 「債務不履行(4)−履行不能」(3月17日付掲載)
 債務者が履行不能の状態にある場合,債権者は,直ちに契約を解除することができます(履行遅滞の場合と異なり,債務の弁済を求めることは,無意味ですので,不要です。)。また,債権者は,契約を解除すると否とにかかわらず,損害を被っていれば,債務者に対し,その損害の賠償を求めることもできます。いずれの場合も,債務者に帰責事由のあることが必要ですが,この点は,履行遅滞の場合と同様です。
 ところで,上記のとおり,債務者が履行不能の状態になっても,債務者に帰責事由がなければ,債権者は,契約の解除及び損害の賠償請求をできません。したがって,例えば,建物の売買契約の締結後,その引渡及び代金決済の前に,建物が未曾有の天災により倒壊した場合,売主の建物引渡債務は,履行不能となり,かつ,売主に帰責事由があるとは言えませんので,買主は,売買契約の解除も損害の賠償請求もできません。それでは,このとき,買主の代金支払債務はどうなるのでしょうか?これが次回説明予定の危険負担の問題です。


第145回 : 「債務不履行(3)−履行遅滞」(3月15日付掲載)
 債務者が履行遅滞の状態にある場合,債権者は,債務者に対し,速やかに債務を弁済するよう求めることができることは当然ですが,それでもなお債務が弁済されないときは,契約を解除することができます。また,債権者は,契約を解除すると否とにかかわらず,債務の弁済が遅れていることにより損害を被っていれば,債務者に対し,その損害の賠償を求めることもできます。
 もっとも,いずれの場合も,履行遅滞の状態にあることにつき,債務者に責任のあることが必要となります。これを帰責事由と言います。換言すれば,履行遅滞につき債務者に帰責事由がなければ,債権者は,契約を解除したり損害賠償を求めたりすることはできません。ただし,債務者は,定められた期限までに債務を弁済する前提で契約を締結しているわけですから,遅れていることにつき責任がないというのであれば,それは特別の理由が必要ですし,そのような特別の理由が本当にあるのであれば,債務者自身にそれを証明させる方が公平です。そのため,裁判では,債権者の方で『債務者に帰責事由のあること』を証明する必要はなく,逆に,債務者の方で『自分に帰責事由のないこと』を証明しなければなりません。


第144回 : 「債務不履行(2)」(3月13日付掲載)
 債務不履行は,前回の説明のとおり,通常,その態様に応じ,履行遅滞,履行不能及び不完全履行の3つがあります。言葉自体からも大凡の推測が付くかもしれませんが,まず,履行遅滞は,契約で定めた期限を過ぎながら債務が弁済されないことを言い,例えば,○月×日までに返済するという条件で借金をしながら,同日までに返済できない場合(=貸金返還債務の履行遅滞)などです。次に,履行不能は,契約後,債務の弁済が客観的に不可能になることを言い,例えば,建物の売買契約後,その引渡前に,建物が天災により倒壊した場合(=売買目的物引渡債務の履行不能)などです。最後に,不完全履行は,一応債務の弁済がなされたものの,債務の本旨に従っていない部分があることを言い,例えば,動物(ペット)の売買契約で,引き渡された動物が病気持ちだった場合(=売買目的物引渡債務の不完全履行)などです。
 債務者にこれらの債務不履行があると,債権者は,損害の賠償を求めたり,契約を解除して清算を求めたりすることができる場合があります。次回以降,債務不履行の各形態に応じ,補足説明します。


第143回 : 「債務不履行(1)」(3月10日付掲載)
 債務の弁済は,第140回の説明のとおり,その本旨に従って,これを行う必要があります。仮に外形的には債務の弁済にあたる行為がなされても,債務の本旨に従ったものでなければ,債務者は,その責任を追及されます。このように,債務が,その本旨に従って弁済されないことを債務不履行と言います。
 債務不履行は,通常,履行遅滞,履行不能及び不完全履行の3形態に区分されます。次回以降,順次説明します。


第142回 : 「供託」(3月8日付掲載)
 債務の弁済をするためには,債権者の協力も欠かせません。例えば,買主が売買契約に基づき代金を支払おうとしても,売主がその受取りを拒めば,代金支払債務の弁済ができません(通常,売主が代金の受取りを拒むことはありませんが,売主が売買契約の解除を主張して争っているような場合には,その受取りを拒むこともありえます。)。あるいは,売主が死亡して,その相続人が何処の誰であるのか分からないような場合にも,買主にとって代金支払債務の弁済が容易でなくなることもありえます。
 そこで,債権者が正当な理由がなく債務の弁済を拒んだ場合,あるいは,債務者に落ち度がないにもかかわらず真の債権者が誰であるのか分からない場合などには,債権者に対して直接債務を弁済することに代えて,法務局に対して債務を弁済することができます(上記の例で言えば,買主は,売主のために,売買代金を法務局に預けることになります。)。これを供託と言い,法律上,債務の弁済と同一の効果が認められます。
 供託が許されるためには,上記のとおり,「正当な理由がなく」あるいは「落ち度がない」という要件が必要です。これらの要件を欠く供託は無効であり,債務の弁済としての効果は生じません。


第141回 : 「準占有者弁済」(3月6日付掲載)
 債務の弁済は,真の債権者に対して行う必要があるのは当然です。したがって,Aから借金をしたBが,A’に対して借金を返済しても,債務の弁済として有効ではなく,Bは,Aから請求を受けると,改めてAに返済しなければなりません。このことは,Bにおいて,A=A’と勘違いした場合であると,A≠A’であることは了解しながら,A’にはAに代わって弁済を受ける権限があると勘違いした場合であるとを問いません。
 しかし,Bにおいて,A=A’と勘違いしたこと,あるいは,A’にはAに代わって弁済を受ける権限があると勘違いしたことにつき過失がないと言えるような外観をA’が有しているとき(例えば,銀行の普通預金について,預金通帳及び届出印鑑を所持している者です。)は,例外的に,その債務の弁済は有効なものとして取り扱われることがあります。このように,真の債権者のごとき外観を有する者を「債権の準占有者」と言い,また,この者に対する弁済を債権の準占有者に対する弁済などと言います。
 A’に対する弁済が無効であれば,BはA’に対して返済した金額の返還を請求することができ,一方,A’に対する弁済が(例外的に)有効であれば,AはA’に対してその受領した金額の返還を請求することができます。その意味では,いずれにせよ,最終的には,A’に対する請求というかたちで解決されることになります。しかし,A’が請求を受けた時点で無一文であれば,その請求は奏功しません。債権の準占有者に対する弁済が有効となるかどうかという問題は,債権の準占有者(上記の例ではA’)に支払能力がないことによるリスクを真の債権者及び債務者のいずれが背負うかという問題でもあります。


第140回 : 「代物弁済」(3月3日付掲載)
 債務の弁済は,債務の内容に従って忠実に(これを「債務の本旨」とも言います。),これを行う必要があります。仮に外形的には債務の弁済にあたる行為がなされても,債務の本旨に従ったものでなければ,後日説明する債務不履行の問題を生じます。したがって,例えば,貸金10万円の返済債務であれば,現金10万円を給付する必要があり,勝手に10万円の価値を有する他の物品を給付することで,これに代えることはできません。
 これに対し,債権者及び債務者間で合意すれば,債務の弁済として,本来予定されているもの(上記の例では現金10万円)の給付に代えて,別のもの(上記の例では10万円の価値を有する他の物品)を給付することもできます。このような合意のことを代物弁済と言います。代物弁済は,あくまでも合意,すなわち,1個の契約ですので,債権者または債務者の一方の意思のみでこれを行うことはできないことになります。


第139回 : 「(債務の)弁済」(3月1日付掲載)
 債務の弁済とは,債務の内容を実現させ,これにより債権を消滅させることを言います。「債務の履行」と言う場合も,実質的にはほぼ同義です。典型的な例は,貸金契約に基づく借金を約定に従って全額返済すること(=貸金返還債務の実現により貸金債権の消滅)などですが,それ以外にも,売買契約に基づき売主が目的物を引き渡すこと,運送契約に基づき運送会社が目的物を目的地まで運送すること,委任契約に基づき受任者が委任された事務を処理すること,出演契約に基づき芸能人が番組に出演すること等々,これらは,いずれも契約上の債務の弁済にあたります。


第138回 : 「債権譲渡」(2月27日付掲載)
 債権は,原則として,第三者に譲ることができます。もっとも,債権の譲渡を債務者に対して主張するためには,譲渡につき債務者の承諾を得るか,または,債権の譲渡人から債務者に対して譲渡の事実を通知する必要があります。
 債権が譲渡されても,その譲渡の前後で同一性が失われるわけではなく,債務者は,譲渡人(=旧債権者)に対して主張できた事情を,原則として,譲受人(=新債権者)に対しても主張することができます。例えば,売主甲が,買主乙との間の売買契約に基づく売買代金債権を丙に譲渡した場合,乙は,丙から支払いを求められても,原則として,甲から売買の目的物の引渡しを受けるまで,その支払いを拒むことができます(同時履行の抗弁権。この抗弁権については後日説明します。)。ただし,債務者が,債権の譲渡を承諾する際,何ら異議を留めなかったときは,もはや譲渡人に対して主張できた事情を譲受人に対して主張することはできません。

(追記:第137回の説明中,金額等の部分について訂正しました。)


第137回 : 「保証(5)」(2月24日付掲載)
 前々回の求償権について,具体例で補足します。
 (事案) 『 乙は,甲から100万円を借金し,その際,A及びBは,乙から頼まれて,それぞれ連帯保証人になった。その後,乙が期限を過ぎても借金を全く返済しないため,甲から請求を受けたAが,甲に対して70万円を返済した。』
 以上の事案で,当事者間の法律関係を考えますと,まず,甲は,乙,A及びBの3名に対し,順番にまたは同時に,残額30万円の支払いを請求できます。勿論,同時に請求できると言いましても,合計30万円を超えて支払いを受けることができるわけではありません。次に,Aは,乙に対し,70万円の支払いを請求できます。これが主債務者に対する求償権です。そして更に,Aは,Bに対しても,20万円(=70万円−100万÷2)の支払いを請求できます。これが,連帯保証人間の求償権です。
 このように,保証を実行した連帯保証人は,主債務者に対しては勿論のこと,他の連帯保証人に対しても求償することができます(ただし,主債務者に対しては,支払った金額の全額を請求できますが,他の連帯保証人に対しては,支払った金額のうち,債務全額を連帯保証人の人数(頭数)で除した金額を超える部分を請求できるにとどまります。)。連帯保証人間でも求償権が認められるのは,主債務者に対する求償は事実上奏功しないことが多いため(前々回の説明参照),債権者からたまたま請求された連帯保証人が結果的に負担の全部を背負わされることにあっては,不公平となるからです。


第136回 : 「保証(4)」(2月22日付掲載)
 保証は,抵当権などと同じく,担保として,抵当権に関する説明がそのまま妥当する部分があります。例えば,保証の対象となっている債権が主債務者の返済等により消滅すれば,これに伴い,保証も当然に消滅します(第129回の附従性)。また,抵当権に対して根抵当権があるように,保証に対して根保証というものもあります。根保証は,第130回の説明からも窺われるとおり,特定の債権を保証するものではなく,債権者及び主債務者間で現在及び将来発生する一定範囲の金銭債権を包括的に保証するものです。
 そのほか,特殊な保証として,身元保証などの類型もありますが,ここでは言及しません。


第135回 : 「保証(3)」(2月20日付掲載)
(今回及び次回以降の説明は,特に断りのない限り,通常の保証か連帯保証かによって変わりはありません。)
 保証人は,主債務者が契約に従ってその債務を履行しない場合に,主債務者に代わって,その債務を履行する立場にあります。すなわち,保証人は,主債務者という他人の債務を履行する立場にあります。主債務者が契約を守らないなどの理由により,保証人が債権者から請求を受け,やむを得ず,これに応じたとしても,最終的・終局的に責任を負わなければならないのが主債務者であることは,自明の理です。そこで,保証契約に基づき,債権者に対し,主債務者に代わって支払いをなした保証人は,その支払った金額等を自分に支払うよう主債務者に請求する権利を取得します。保証人のこの権利を求償権と言います。
 ただし,通常の債権者であれば,まずは主債務者に対して支払うよう求めるでしょうから,保証人に請求が来るのは,行方不明や破産等の事情により,主債務者から支払いを受けることができない場合の多いのが実情です。したがって,保証人が主債務者に対する求償権を取得したとしても,実際に支払った金額を主債務者から回収できるかどうかは別問題で,最悪,画餅に帰する可能性もあります。


第134回 : 「保証(2)」(2月17日付掲載)
 保証には,通常の保証と連帯保証という2種類がありますが,現実に取引社会で利用されているのは,殆どの場合が連帯保証の方です。
 通常の保証の保証人は,債権者から支払いを求められた場合,まず主債務者に請求するよう求めたり,主債務者の財産に強制執行するよう求めたりすることができます(前者を「催告の抗弁権」,後者を「検索の抗弁権」と言います。)。しかし,連帯保証の保証人は,債権者に対して上記のように求めることができず,その分だけ,債権者の立場が強化されています。
 通常の保証となるか,連帯保証となるかは,保証契約の当事者である債権者及び保証人の合意次第ですが,取引社会で利用されている契約書の類いには,初めから不動文字で「連帯」保証(人)と印刷されているのが常ですので,この書類等で合意すれば,そのまま連帯保証となります。


第133回 : 「保証(1)」(2月15日付掲載)
 保証(契約)は,債務者(通常は金銭債権の債務者ですが,必ずしも金銭債権に限定されません。)がその債務の履行を怠った場合に,保証人が,債務者に代わって,これを履行することを債権者に約束する契約です。もともとの債務者を保証人と区別する意味で,「主債務者」とも言います。
 保証契約は,通常,主債務者から懇請されて,主債務者とともに1枚の契約書に連署することが多いので,誤解されている方もたまにいますが,保証契約は,債権者と保証人との間の契約で,主債務者はその当事者ではなく,また,主債務者からの依頼を受けることは,その要件ではありません(逆に,主債務者の意思に反して保証人になることすら可能です。)。
 なお,前回まで説明の各担保権は,いわば物に着目した担保であるのに対し,保証は,いわば人に着目した担保です。そのため,前者を物的担保,後者を人的担保と言うこともあります。


第132回 : 「所有権留保」(2月13日付掲載)
 所有権留保は,通常,代金分割払いの売買契約において,買主(債務者)が代金債務を完済するまで,目的物の所有権を売主(債権者)が保留し,買主が将来分割払いの約定に違反すれば,売主が,その保留した所有権に基づき目的物を買主の元から引き上げて,これを売却処分し,その処分代金を(残)代金債務の返済に充てることを内容とする合意のことを言いますが,実質的には,売買代金債権を担保する担保権としての機能を有します。
 所有権留保の約定がある場合,代金完済前の,買主による目的物の使用は,所有権者である売主の承諾に基づくもので,もとより所有権に基づくものではありません。代金完済前であるにもかかわらず,買主が目的物を無断で処分すると,売主の所有権を侵害する不法行為となり,損害賠償責任を負うことになります。


第131回 : 「譲渡担保権」(2月10日付掲載)
 譲渡担保は,譲渡による担保,すなわち,目的物(動産・不動産を問いません。)の所有権を債権者に移転し,将来債務の返済が滞った場合には,目的物を売却処分してその代金を債務の返済に充てること,または目的物を完全に債権者のものとし,その価値に相当する債務額をその物で返済したことにすること(例えば,債務額が100万円で,目的物の価値が70万円であれば,残債務額は30万円となります。)を債権者に認めることにより,金銭債権を担保することを言います。債務者は,債務を約定どおりに返済すれば目的物の所有権を取り戻すことができるという一種の期待権を有します。
 譲渡担保は,早い話が「借金のカタに入れる」ということですので,第121回で説明した質権に類似する点があります。しかし,質権では,目的物の所有権は債務者に留保されるのに対し,譲渡担保では,債権者に移転する点,また,動産を目的物とする場合,質権では債権者に目的物を引き渡さなければならず,債務者がこれを使用できなくなるのに対し,譲渡担保では,債務者が引き続き使用することが可能である点など,幾つかの点が異なり,総合的にみれば,質権よりも譲渡担保権の方が,債務者及び債権者双方にとって利便性の高い担保権と言えます。

(註:譲渡担保の法的性格については,上記のように所有権自体が債権者に移転するという考え方(=所有権的構成)のほかに,所有権は債権者に移転しないという考え方(=担保権的構成)もあり,伝統的には,前者の考え方がとられてきましたが,最近は,むしろ後者の考え方が有力です。いずれにせよ,高度な議論で,本コラム欄の守備範囲を優に超えますので,ここでは,伝統的な考え方に従って説明しました。)


第130回 : 「抵当権(9)」(2月8日付掲載)
 前回の説明のとおり,通常の抵当権は,担保の対象となる金銭債権といわば命運を共にします。このことは,例えば,銀行からの住宅建築資金の融資など,1回限りの取引関係で通常終了することが予想されるような場合には,格別不都合はありません。しかし,銀行と企業の関係など,融資による貸付けと返済が複数回繰り返されるような取引関係の場合には,個々の貸付けの度に抵当権の設定を繰り返すのでは煩雑です。むしろ,同じ当事者間で貸付けが繰り返されるような場合には,これらの貸付けをまとめて担保するような担保権の存在が希望されても,当然のことです。
 そこで,このような希望に答える抵当権が,根抵当権(ねていとうけん)です。根抵当権は,同じ当事者間で現在及び将来発生する一定範囲の金銭債権(実務上は,「金銭貸借取引」「手形債権」「保証債務」などというように定められます。)を包括的に担保する抵当権です(ただし,担保には上限の限度額があり,これを「極度額」と言います。)。根抵当権が設定された場合には,担保される個々の金銭債権が返済により消滅しても,根抵当権は影響を受けず,また,担保される個々の金銭債権が譲渡などにより第三者に移転しても,根抵当権がこれと一緒に移転することはありません。すなわち,附従性や随伴性は否定されます。


第129回 : 「抵当権(8)」(2月6日付掲載)
 前回までの説明のとおり,抵当権は実行されることによって最終的に消滅しますが,それ以外の場合にも,例えば,その担保の対象となっている金銭債権が債務者からの返済等により消滅すれば,これに伴い,抵当権も消滅します(これを抵当権の「附従性」と言います。)。また,場面が異なりますが,抵当権は,その担保の対象となっている金銭債権が譲渡などにより第三者に移転すると,これと一緒に移転します(これを抵当権の「随伴性」と言います。)。
 しかし,抵当権の中には,上記のような附従性及び随伴性という一般的性格が当てはまらないものも存在します。それが,次回,抵当権の説明の最終回として取り上げる根抵当権です。


第128回 : 「抵当権(7)」(2月3日付掲載)
 実行された抵当権は,配当が実施されることにより,名実ともに消滅します。もし,配当により抵当権者が自己の債権全額の返済を得られれば,その債権も全部消滅し,一方で,その一部しか返済を得られなければ,以後は,その残額につき抵当権という担保権のない債権として残り,債務者は,引き続いて返済責任を負います。
 実際には,かつてのバブル経済のころと異なり,昨今は,(第一順位)抵当権者すら全額の返済を受けられないことの方が多いのが現実です。


第127回 : 「抵当権(6)」(2月1日付掲載)
 入札の結果,落札者が決まると,前回の説明のとおり,落札者は,所定の期間内に,自己の入札金額から保証金の額を控除した残額を裁判所に納めることになり,これにより,目的物の所有権を取得することができます。
 一方,落札者により納められた金銭は,競売手続の最終段階として,抵当権者を含む債権者への分配手続に入ります。この分配手続を配当と言います。配当手続は,債権者(ただし,ここでは言及しませんが,債権者が配当手続に参加するためには,一定の要件を満たす必要があり,全ての債権者が当然に参加できるわけではありません。)から届けられた債権の内容及び金額に基づき,裁判所により実施されますが,この配当手続において,(第一順位)抵当権者は,他の債権者に優先して,配当を受けることができます。これが抵当権者の最たる特権です。


第126回 : 「抵当権(5)」(1月30日付掲載)
 抵当権の実行に基づく競売手続上の入札は,文字どおり「入札」で,ヤフーオークションのように「競り」ではありません。
 入札を希望する方は,所定の入札期間(通常は1週間程度です。)内に,所定の入札書を裁判所に提出することにより入札をします(インターネット等を通じて入札することはできません。)。また,入札には,評価人の評価金額に基づき定められる基準の金額があり,この金額未満では入札することができません(ヤフーオークションで言えば,開始金額にほぼ相当します。)。
 上記競売手続上の入札には,次のとおり,ヤフーオークション(の入札)と大きく異なる幾つかの点があります。
@ 入札者は,入札期間中,互いに,誰が幾らで入札しているかを一切知ることができません。
A 入札単位となる金額はなく,また,入札した金額がそのまま将来の落札価格になります。例えば,甲=1万円,乙=1万5000円の2人の入札があった場合,ヤフーオークションであれば,乙の落札価格は1万0500円となりますが,競売手続では,それはそのまま1万5000円となります。
B 入札をするためには,一定額(通常は上記基準額の2割程度の金額です。例えば,基準の金額が100万円であれば,20万円程度です。)の金銭を保証金として裁判所に提出しなければなりません。
C 多少乱暴に言えば,最高額で入札した方は,落札する権利を取得するに止まり,落札する義務までは負いません。最高額で入札した方は,開札後,所定の期間内に,自己の入札金額から上記保証金の額を控除した残額を裁判所に納めなければなりませんが,これを敢えて納めないことにより,落札する権利を放棄することも,法律上可能です(ただし,放棄すると,上記保証金を没収されますので,財産的損失を被ります。)。

 なお,入札者は,開札の場面に立ち会うことができますが,その義務まではありません。


第125回 : 「抵当権(4)」(1月27日付掲載)
 前回説明の,抵当権実行後の手続を「競売手続」と言いますが,競売手続が有効に機能するためには,できる限り多くの人に入札に参加してもらう必要があります。
 ところで,入札をするためには,通常,目的物となっている不動産がどのような物件であるのかという情報が必要不可欠です。しかし,通常の売買契約の場合と異なり,競売手続の場合には,現所有者が目的物たる不動産を手放すことを望んでいないことの方が多いですので,入札を希望する人が,上記情報の収集のため,個人的に,現所有者に対して任意の協力を求めても,これに応じてもらえるとは,必ずしも限りません。
 そこで,裁判所からの命令を受けた執行官及び評価人という立場の者が,一定の法的強制力を持って,目的物の現状の確認や経済的価値の評価の職務にあたり,その結果を裁判所が情報として提供することになります。裁判所により提供される情報は,個々の裁判所や(最近は)裁判所のHPでも,閲覧確認することができます。入札を希望される方は,これらの情報等に基づき,入札するかどうか,入札するとして幾らで入札するかなどを判断することになります。


第124回 : 「抵当権(3)」(1月25日付掲載)
 抵当権者が,抵当権を実行するためには,裁判所にその旨の申立てを行います。申立てを受けた裁判所が,法律の定める用件を満たしていると判断すれば,「開始決定」という決定をなし,以後,手続が始まります。なお,予め債務者の意向を確認する手続は予定されていません(債務者の中には,いきなり実行されたと不満を訴える方も稀にいますが,これは,法律上当然の結果であり,抵当権を設定した債務者は,甘受すべき立場にあります。)。
 以後の手続は,非常に大雑把には,@目的物の現状の確認及び経済的価値の評価 → A入札実施の公告 → B入札 → C売却 というように進みます(入札者がいなければ,原則として,A〜Bの手続が繰り返されます。)。


第123回 : 「抵当権(2)」(1月23日付掲載)
 抵当権者は,債務者に,分割返済の約束違反などの事情が発生した場合には,債務者の意思如何に関係なく,抵当権に基づき,目的物となっている不動産の売却手続を裁判所に求め,その売却代金から優先的に返済を受ける権利を有しています。このように,抵当権者が,抵当権に基づき目的物となっている不動産の売却手続を裁判所に求めることを「抵当権を実行する」と言います。
 抵当権者は,上記約束違反などの事情が生じても,当然に抵当権を実行しなければならないわけではなく,引き続き債務者による自発的な返済を期待または求めることもできますし,また,仮に実行するとしても,その実行の時期については,原則として自由に判断選択することができます。


第122回 : 「抵当権(1)」(1月20日付掲載)
 抵当権一般については,既に第109回で一部説明していますので,そちらに譲ります。
 抵当権は不動産に対する担保権の主流で,金融機関から融資を受けて土地や建物を購入すれば,ほぼ必ず当該土地や建物(あるいは別の土地建物)に抵当権が設定されます。抵当権の特徴は,交換価値を(優先的に)把握することを主眼とし,その設定後も,所有者が従前同様に利用を続けることができる点にあります。
 また,抵当権は,1つの土地や建物に複数設定することが可能です(先順位・後順位抵当権とか,第1順位・第2順位抵当権などと呼ばれます。)。その場合,先の順位の抵当権が優先しますので,目的物となっている土地や建物が売却されると,まず先の順位の抵当権者の債権の返済に充てられ,その結果,余りが出れば,後の順位の抵当権者に回されます(全ての抵当権者の債権の返済に充てても,なお余りが出れば,剰余金として所有者に交付されます。)。


第121回 : 「質権」(1月18日付掲載)
 質屋さんでお馴染みの権利です。入質するとは,取りも直さず,目的物に質権を設定することを意味します。
 金銭債権(通常は貸金債権)を担保するために質権を設定すると,質権者は,金銭債権の支払いを受けるまで,目的物を手元に保管することができ,万が一,約定に従った任意の返済を受けることができなかった場合には,目的物を第三者に処分(=換金)してその代金から優先的に返済を受けるか,あるいは,目的物を金銭評価し,その評価額相当額の返済に代えて,目的物を自己の所有物とすることができます。
 質権は,動産のみならず,不動産にも設定することができますが,実務上は,不動産に対する担保権としては抵当権(次回説明予定)が主流で,質権が設定されることは稀ではないかと思われます。


第120回 : 「留置権」(1月16日付掲載)
 聞き慣れない名前の権利ではないかと思います。他人の所有物の占有者が,その占有中にその物に関する金銭債権を取得した場合,その支払いを受けるまで,その物を保管し,引渡しを求められても拒むことができます。この権利を留置権と言います。例えば,依頼を受けて動産の修繕をした者は,その修繕費用の支払いを受けるまで,所有者から引渡を求められても,これを拒み,その動産を自己の下に止め置くことができます。
 留置権は,所有者からの引渡しの請求を拒むことを認め,金銭債権を支払わなければ所有物を取り戻せないという状態を作り出すことにより,間接的・心理的に支払いを促す点を担保権としての主目的とします。なお,留置権は,上記取得の事実から法律上当然に発生する権利であり,留置権を成立させる旨の合意は別途必要ありません。


第119回 : 「担保権」(1月13日付掲載)
 金銭の支払いを求める金銭債権の債務者が自発的にこれを支払わない場合に,その強制的回収の実効性を高めるために設定される権利を総称して担保権と言います。
 民法が定める担保権としては,留置権,先取(さきどり)特権,質権及び抵当権がありますが,これ以外にも,譲渡担保権や仮登記担保権などがあり,また,分割払いの売買契約ではお馴染みの所有権留保も,一種の担保権とみることができます。
 次回以降,主立ったものを幾つか取り上げて,順次説明します。


第118回 : 「共有」(2006年1月11日付掲載)
 1個の物の所有権を複数人が共に有する権利関係を共有と言い,その共有の割合を持分と言います。持分は,原則として,平等であると推定されますので,共有者が2人であれば各自2分の1,3人であれば各自3分の1となります。
 共有物をどのように管理するかは,共有者が持分の過半数により決します。例えば,持分平等の3人の共有の場合には,2人以上の多数意見により決します。ただし,共有物を法律上(売却など)または事実上(廃棄など)処分するような場合には,持分の多寡にかかわらず,共有者全員の同意が必要です。


第117回 : 「即時取得(4)」(12月23日付掲載)
 前回の説明そのものは,不動産売買における登記にも当てはまるのですが,繰り返しながら,不動産については,即時取得の制度は適用されません(これは政策的な理由によるものです。)。
 しかし,ときには,登記簿上,真実の所有者でない者が所有者になっていることにつき,真実の所有者が関わっているような場合もあります。例えば,真実の所有者Aが,税金対策のため,登記簿上,Bの名義としていたような場合です。このような場合に,不動産登記簿を信頼して,Bと売買契約を締結した買主が一切保護されないとすると,その買主に酷です。また,あえて虚偽の登記をしていたAにも,一定の責任があると言わなければなりません。そこで,このような場合には,一定の要件を満たせば,買主が保護され,所有権を取得できるという理論が定着しています。
 上記理論は,民法94条2項を類推適用するもので,やや高度な議論になりますので,ここでは言及しませんが,この理論により,不動産には即時取得の制度が適用されないという大原則の下,個別具体的なケースで著しく妥当性を欠く結論になることを回避することができます。

( ちょうど区切りが良いため,このコーナーは,本日分の掲載をもって,一足先に本年分を終了いたします。来年は,1月上旬ころから,同じ更新ペースで,引き続き「民法編」(笑)となる予定ですので,ご興味のある方は,新年も宜しくお願い申し上げます。)


第116回 : 「即時取得(3)」(12月22日付掲載)
 即時取得の制度は,第111回〜第113回で説明した対抗要件制度と関連しています。
 すなわち,動産の売買については,対抗要件がその引渡しですが,通常の買主は,自らの所有権取得について対抗要件を備えるように行動するのが合理的ですので,一般的には,引渡しを受けている者=占有している者は,所有者である蓋然性が高いと言うことができます。その意味で,動産の占有者は,仮にその者が真実は所有者でなくても,第三者から見れば,所有者であるかのような外観を呈していると言うことができます。そのため,これから取引をしようと考えている者が,動産の占有者=所有者であると考えたとしても,格別不思議ではありません。そこで,売主が真実は所有者でなくても,買主において,占有しているという外観から売主が所有者であると信じ,かつ,そのような信じたことに過失がないことを条件に,真の所有者を犠牲にしてでも,買主を保護し,社会取引の安全を図ったのが,即時取得の制度なのです。


第115回 : 「即時取得(2)」(12月19日付掲載)
 前回の説明のとおり,動産の売買契約において,売主が真実は所有者でなければ,買主は,原則として所有権を取得できません。しかし,売買契約に基づいて目的動産の引渡しを受けた買主が,売買契約の当時,売主が所有者であると信じ,かつ,そのように信じたことことにつき落ち度がなければ,所有権を取得することができます(ただし,例外はあります。)。これを即時取得と言います。
 即時取得は,動産に限って認められる制度です。即時取得が成立すると,真実の所有者は,その反射的効果として,所有権を失います。


第114回 : 「即時取得(1)」(12月16日付掲載)
 不動産であれ動産であれ,売買契約により所有権を取得できるのは,売主の所有権を引き継ぐからです。当然のことながら,売主が所有者でなければ,買主は,原則として所有権を取得することはできません。
 不動産の売買契約については,まさにこれが当てはまりす。売主が所有者でない限り,たとえその売主が所有者としての登記を備えていたとしても,結論は変わりません。換言すれば,何らかの理由により法務局備付けの登記簿上は不動産の所有者として登記されていても,その者が真実は所有者でなければ,買主は,たとえその登記を信頼して,その者と売買契約を締結したとしても,原則として救済されません。
 これに対し,動産の売買契約については,この原則に対する大きな例外の制度があります。それが,次回詳説する即時取得の制度です。


第113回 : 「対抗要件(3)」(12月14日付掲載)
 前々回及び前回と,売買契約同士の衝突という例で対抗要件を説明しましたが,対抗要件の問題は,売買契約同士,換言すれば,「所有権 VS 所有権」の場合に限られません。例えば,土地所有者Aとの間で,売買契約を締結した甲と,抵当権設定契約をした乙との間でも,対抗要件の問題が生じます。この例では,「所有権 VS 抵当権」となり,甲が先に対抗要件を備えれば,甲は完全な所有権を取得し,乙は抵当権を取得できず,一方で,乙が先に対抗要件を備えれば,乙は抵当権を取得し,甲は抵当権の負担付きの所有権という不完全な所有権を取得できるに止まります。


第112回 : 「対抗要件(2)」(12月12日付掲載)
 前回の説明のとおり,対抗要件の制度の結果,売買契約締結の前後を問わず,先に登記(不動産の場合)または引渡(動産の場合)という対抗要件を備えた買主が,原則として優先することになります。
 そして,この結論は,先に対抗要件を備えた買主が,仮に自分よりも先に売買契約を締結している買主がいることを知っていたとしても,原則として変わりません。すなわち,前回の具体例で言うと,乙は,自分よりも先に甲がAとの間で売買契約を締結していることを知りながら,Aとの間で売買契約を締結していたとしても,先に対抗要件を備えた以上,甲に優先します。この程度の事情は,資本主義社会における自由(取引)競争の範囲内の事柄であるためです。しかし,上記のように,乙が単に知っていたというに止まらず,先に売買契約を締結した甲がまだ対抗要件を備えていないことを悪用し,甲に積極的に損害を与える目的で,Aをそそのかして,Aとの間で売買契約を締結したような場合には,自由(取引)競争の範囲内を逸脱しているとして,乙は,たとえ先に対抗要件を備えても,もはや,甲に優先しないことがあります。講学上,これを「背信的悪意者排除論」と言います。


第111回 : 「対抗要件(1)」(12月9日付掲載)
 売買契約等により不動産や動産の所有権を取得しても,これを売主以外の第三者に対抗するためには,一定の要件を備える必要があります。この要件のことを対抗要件と言います。対抗要件は,不動産と動産では大きく異なり,具体的には,不動産の場合は,法務局備付けの登記簿に登記をすることで,一方,動産の場合は,その引渡を受けることです。
 対抗要件の制度の結果,例えば,売主Aとの間で,甲が売買契約を締結しても,その対抗要件を備えないうちに,第2の買主乙が現れて,乙が先に対抗要件を備えれば,甲は,原則として所有権を取得できません(もちろん,甲は,Aに対して損害賠償等の請求は可能です。)。


第110回 : 「不動産と動産」(12月7日付掲載)
 不動産とは,土地及び土地の定着物を言い,不動産以外の有体物は,全て動産となります。土地の定着物の具体例は建物ですが,不動産と言えるためには土地に定着していなければなりませんので,基礎が固定されておらず移動可能な物置がごときは,不動産にはあたらず,動産となります。
 不動産の取引と動産の取引では,法律上,対抗要件の制度(次回説明予定),即時取得の制度(次々回以降説明予定)で大きな相違点があります。


第109回 : 「抵当権」(12月5日付掲載)
 貸金等の債権を担保するために,通常,土地や建物などの不動産に設定され,将来,返済の不履行等があったときに,これを強制的に売却処分し,その処分代金から優先的に返済を受けることを内容とする権利を言います。抵当権は,債務者が自分の所有する土地や建物に設定することが多いですが,債務者に代わって第三者がその所有する土地や建物に設定することもできます(このような第三者を「物上保証人」と言います。)。
 抵当権の主眼は,処分代金,換言すれば交換価値を優先的に把握する点にあり,その利用方法には原則として関心を持ちませんので,抵当権を設定後も,所有者は,原則として,従前同様,その利用を続けることができます。


第108回 : 「占有」(12月2日付掲載)
 物を事実上支配している状態を占有と言います。ここに支配とは,必ずしも身に付けて携帯している必要はなく,例えば,自分の家や部屋の中にある物については,不在時であっても,通常,占有が認められます。占有は,所有権や賃借権など,その裏付けとなる正当な権利に基づくものである場合が通常ですが,必ずしもそのような場合に限られるものではなく,例えば,盗人にも占有は認められます(ただし,その占有が法律上保護されるかどうかは別問題です。)。
 占有は,その裏付けとなる所有権や賃借権などの権利とは別個独立に,「占有権」というかたちで,法律上,一定の保護を受けます。


第107回 : 「所有権」(11月30日付掲載)
 物を使用・収益し,または処分する権利を包含する,物に対する最も強力な権能です。所有権は,他の権利と異なり,時効により消滅することはありません。
 このように,所有権は強力な権能ですが,さりとて万能ではなく,第三者の別の権利と衝突する場合には,その調整の限度で制限を受けることがありますし,また,これを濫用して行使することも許されません。例えば,工場の稼働により,付近住民に看過しがたい騒音等の被害が生じる場合には,一定の限度で,工場の稼働方法が制限されることがあります(この例では,工場の所有権と付近住民の人格権が相互に衝突しています。)。


第106回 : 「時効(5)−中断」(11月28日付掲載)
 時効は,その成立に必要な所定の期間が経過する前に,真の権利者が一定の方法で自らの権利を行使したり,または,真の債務者が自らの債務を認めたりすることにより,その成立が阻止されます。これを時効の中断と言います。例えば,消滅時効の成立する前に,金銭を貸し付けた貸主が借主を相手に訴訟を起こして勝訴した場合や,借主自らが貸主に対して貸金債務の存在を認めた場合には,これにより,消滅時効が中断します。
 一旦時効が中断しても,その中断の時から再度所定の期間が経過すれば,これにより,時効は成立します。例えば,上記の訴訟の例では,勝訴判決を得た貸主が,その後10年間請求をしなければ,原則として消滅時効が成立します。


第105回 : 「時効(4)−援用」(11月25日付掲載)
 時効による権利の取得や債務の消滅という効果を確定的に発生させるためには,時効により権利の取得や債務の消滅という法律上の利益を受ける本人が,その利益を享受する旨の意思を表明することが必要です。この意思表明を(時効の利益の)援用と言います。
 援用されない限り,時効の効果は確定的に発生しません。したがって,例えば,消滅時効が成立した貸金債務であっても,借主が援用することなく返済すれば,その返済は有効です。


第104回 : 「時効(3)−消滅時効」(11月23日付掲載)
 債権者がその債権を行使できる状態にありながら,これを一定の期間放置すると,時効により債務は消滅します。これが消滅時効です。
 消滅時効が成立するための上記期間は,原則として10年間ですが,これには,法律により様々な例外が定められています。例えば,商人の商売上の債権は原則5年間ですし,また,債権の中には1年間という短期間が定められているものもあります。


第103回 : 「時効(2)−取得時効」(11月21日付掲載)
 前回の説明のとおり,取得時効は,真実は権利者でない者が長期間権利者であるかのような事実状態が続いた場合に,その者にその権利の取得を認める法制度で,通常は,所有権が問題となります。例えば,他人の土地を自分の所有物として振る舞い20年間占有すると,原則としてその所有権を取得します。また,その占有を始めた当時,自分の所有物であると信じたことにつき落ち度がない場合は,期間が短縮され,10年間の占有で足ります。
 ただし,取得時効が成立するためには,たとえ勘違いであれ,客観的にみて,自己の所有物であるという意思を持っていると認められることが必要です。したがって,例えば,賃借人が長期間賃貸人の所有物を占有しても,その所有権を時効により取得することはありえません。他人の物を借りるという賃貸借契約の性格上,賃借人は,客観的にみて,賃借物につき,自分の所有物であるという意思を持っているとは認められないからです。


第102回 : 「時効(1)−総論」(11月18日付掲載)
 時効は,真実の権利状態に反するかのごとき外観を有する事実状態が長期間継続した場合に,真実の権利者の利益を犠牲にしてでも,その事実状態を権利状態に高めることにより,その事実状態の方を保護する法制度です。
 時効は,真実は権利者でない者が長期間権利者であるかのような事実状態が続いた場合に,その者にその権利の取得を認める取得時効と,真実は権利者である者が長期間権利者でないかのような事実状態が続いた場合に,その者の権利を消滅させる消滅時効の2種類があります。前者の例としては,所有者でない者が長期間土地を利用していた場合にその土地の所有権の取得が認められることがあることで,また,後者の例としては,貸金の債権者が長期間返済請求をせず放置していた場合にその貸金債権が消滅することがあることです。


第101回 : 「期限」(11月16日付掲載)
 講学上は,法律行為の効力の発生・変更または消滅を将来の発生確実な事実にかからしめることを言います。借金などの際に将来の返済期日が定められる場合は,通常,この期限にあたります。
 前回の条件と今回の期限との相違点は,対象とされている事実の発生が(客観的にみて)確実か不確実かという点です−不確実であれば条件に,確実であれば期限にそれぞれなります−。したがって,例えば,「私が死亡したら,○○する。」という場合は期限ですが,「私が1年以内に死亡したら,○○する。」という場合は条件です。前者は,人間である以上,必ず発生する事実ですが,後者は,必ずしもそうとは言えないからです。